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解散見送りの岸田氏 求心力を保てるか よみがえる海部氏の失権劇 公明選挙協力は暗礁に

YOU TUBE 日テレNEWS 【岸田首相】「解散考えていない」…議席を減らすと判断か トラブル相次ぐ - YouTube
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衆院議員を与党も野党も失職させる解散権は、首相の持つ権限の中でももっとも大きいものだ。岸田文雄首相は主要7か国広島サミット後に、解散、総選挙に打って出ることをにおわせていたが、15日に今国会での解散総選挙はないと表明、抜きかけた「伝家の宝刀」を納めた。立憲民主党は16日、衆議院に岸田内閣に対する内閣不信任決議案を提出したが、与党や一部野党の反対多数で否決された。


岸田首相は早ければ秋の臨時国会で解散するとの見方もあるが、それには、政権の支持率回復と公明党との関係修復―選挙協力態勢の再構築―が条件となる。仮に政権に失策が出れば、追い込まれての解散となる可能性もある。


過去には、解散「出来なかった」ことで、党内の求心力を失い、政権を失った海部俊樹首相の前例がある。


1991年9月、当時の海部俊樹首相は、与野党協議で、海部首相の肝いりの政治改革法案が廃案の方向となったため、政局の打開をねらって解散を企図したが、自民党内多数派の猛反発に会い、解散を撤回し、かえって求心力を失った。結局は同年11月に自民党総裁の任期満了とともに、内閣総辞職、自身も首相の座を失う結果になった。


岸田首相は自分の判断で解散をやめたのだろうが、そうだとしても筆者には、見通しを間違えた点で、海部元首相と二重写しとなってみえる。


岸田首相の読み誤りは、①首相秘書官を務める長男が首相公邸で「閣僚写真撮影ごっこ」に興じた写真が流出、事実上更迭せざるをえなかった。②マイナンバーカードをめぐって、家族名義の銀行口座を登録できることが発覚するなど、複数の欠陥が露呈した。
③異次元の少子化対策を打ち出したが、財源問題を抱えており、いまひとつ国民の受けがよくないなどなどだ。各種世論調査で支持率が下がった。


さらに、肝心の選挙の話をすれば、公明党との選挙協力が東京都区部で難航しており、これが解決できないまま選挙になれば、東京都内はじめ都市部で大きく議席を=一説には40議席=減らす可能性があると言われている。このまま選挙に臨めば、目標をどこにおくかによるが、敗北する可能性もある。


公明党との関係は、自公連立政権の解消につながる可能性もある、大きな問題だ。(その自覚が岸田首相にあるのかどうか、よくわからない。)


自民党有力者にもいまは解散するべきでないとの意見があったようだ。朝日新聞16日付け記事によると、麻生太郎氏は衆議院議員の任期(25年10月末)が、まだ折り返し点を過ぎていないことを理由に解散は時期尚早だと岸田首相に話したという。
突然の解散先送り、首相判断なぜ 公明と亀裂、世論…不安材料重なり:朝日新聞デジタル


24年9月には自民党総裁選挙があり、衆院任期の折り返し点(今年10月)のほぼ1年後となる。自民党総裁選の前に解散、総選挙を行い、選挙に勝利し、自民総裁選で再選される――という構想が岸田首相のアタマの中にあるとみて、間違いないだろう。


岸田氏が注意するべきは、「解散できなかった首相」として、求心力が落ちることだ。秋の国会で解散できなければ、じり貧のうちに自民党総裁選を迎える可能性がある。それは絶対に避けたいだろう。岸田氏は「解散権を取っておけた」と言っているが、追い込まれているようにみえる。「解散」を軽く扱った報いといえば、言いすぎだろうか。


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海部俊樹首相は、1991年9月、海部首相は自民党四役の会議で「重大な決心で臨む」と発言した。これが、「解散の意思を示した」と受け止められ、自民党内多数派閥(政治改革法案をつぶした側)の反発をよび、海部首相はかえって孤立することになった。この時代は「解散」という言葉を使うのに、慎重さがあった。

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